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大阪地方裁判所 昭和29年(ワ)2174号 判決

原告 辻野兵作

被告 藤原鉄次

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「被告は原告に対し大阪市生野区片江町四丁目一五一番の一四、宅地一二八坪五四(右土地の東北隅にある角柱を(イ)点とし、(イ)点から南え二一間五〇の地点を(ロ)点とし。(ロ)点から西え六間三〇の地点を(ハ)点とし、(ハ)点から北え一六間七六の地点を(ニ)点とし右(イ)(ロ)(ハ)(ニ)をもつて囲む部分)を右地上の鉄条網を撤去して明渡せ、訴訟費用は被告の負担とする」との判決ならびに仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、右土地はもと訴外塩川正一の所有で同人はこれを被告に賃貸していたが、昭和二三年九月一〇日双方合意の上賃貸借を解除し、右訴外人は本件土地を当時被告が代表取締役であつた訴外大和針金工業株式会社に売渡し、その代金支払及び移転登記期日を同年一二月一五日と定めたところ、訴外会社においてはこれが履行に応じないので、右塩川正一は昭和二七年四月一四日着書面をもつて訴外会社に対し七日の期間内にこれが履行をなすべくこれに応じないときは売買契約を解除する旨の催告ならびに条件附解除の意思表示をしたが訴外会社はなおこれに応じなかつたため該売買契約は同月二一日解除せられるに至つた。その後原告は昭和二九年三月二六日右訴外人から本件土地を買受けその移転登記を了したが、被告は何等の権限なく右土地に鉄条網を張りめぐらしこれを占拠しているので、ここに被告に対し右鉄条網を撤去して土地の明渡を求めるため本訴に及んだと陳述し、被告の答弁に対し、訴外塩川正一は本件土地とその西方に現に被告工場の存する同町一五一番地の一三とを併せて被告に賃貸し被告は右地上に登記した工場を所有していたこと、右両地の地番の変遷が被告主張のとおりであることは認めるがその余の抗弁事実は否認する。右両土地の間には古くから通路があつて と区別せられていたものであるが、訴外塩川は被告に両土地を地代一ケ月合計七〇円で貸与していたところ、昭和二〇年三月本件土地上にあつた被告所有建物が戦災で焼失したので此の部分の賃貸借はこれによつて終了し、被告は右訴外人から残余の土地(その境界は現在の被告工場の東側一尺五寸の地点を南北に見通す線)を一ケ月三五円で借受けていた。その後昭和二三年七月一三日に至り被告から新ためて本件土地の賃借方を申入れたため同訴外人は本件土地の部分を一ケ月地代二〇〇円と定めて貸与するに至つたのである。従つて仮に本件土地について被告と右訴外人間の賃貸借が存続するものとしても、本件土地には登記した建物がないから被告は右賃借権を原告に対抗し得ない。原告は本件土地を工場建設のため買受けその必要上本訴明渡を請求するもので権利の濫用ではない。なお訴外塩川正一が前記売買契約後も被告から地代相当金を受け取つた事実は争わないが右は税金に充てる必要上受取つたに過ぎず被告との賃貸借を認めその地代として受取つたものでないと述べ、証拠として甲第一乃至第三号証を提出し、証人塩川正一(一、二回)原告本人各尋問の結果、ならびに検証(一回)の結果を援用し、乙第一号証、第八号証、第一三号証、第一四号証、第一六乃至第二二号証、第二四乃至第二八号証の成立を認め、同第二乃至第七号証、第九乃至第一二号証、第二三号証は不知、同第一五号証中官署作成部分の成立を認め爾余の部分は不知と述べた。

被告訴訟代理人は主文と同旨の判決を求め、答弁として原告主張の本件土地がもと訴外塩川正一の所有であつたが原告はこれをその主張の日に買受けたこと、被告は右土地に鉄条網をめぐらし占拠していることは認めるが、原告の本訴請求は次の理由によつて失当である、即ち本件土地とその西方に続く現在片江町四丁目一五一番地の一三の土地とはもと同町四丁目一五八番地宅地六八坪六八の一部で、被告は右両土地を所有者塩川正一から地代一ケ月合計七〇円で借り受け、地上に建物登記を了した工場七棟を所有し自ら代表取締役となつて大和針金工業株式会社を経営していたが、昭和二〇年三月本件地上の工場三棟は強制疎開のため取毀たれ空地となつたため、西方の現存工場から東え一二尺の地点に在るコンクリート溝の線から東方約一〇五坪を右訴外人に返還し、その残余を一ケ月三五円の地代で借り受けてきた。その後被告の経営が順潤で敷地拡張の要があつたので昭和二三年七月に至り、さきに返還した部分を更に賃借することとし、この部分を新地、従来の賃借地を旧地と称し、地代新地は一ケ月二〇〇円旧地は一ケ月一〇〇円と定めこれを右訴外人から賃借するに至つたが、同年九月一〇日、前記訴外会社は右新旧両地を訴外人から代金新地は一坪四〇〇円旧地は一坪三八五円合計九九〇〇〇円で買受けることとなり、その履行期を同年一二月一五日と定めたが、その際被告と訴外人間の賃貸借は右売買が円満履行に至ることを条件として解除することを約した。然るに訴外人において登記書類の作成が後れたため数次に通つて履行期の延期方を求め延引しているうち、昭和二四年末頃から紡績界の不況のため訴外会社は経営不振に陥り、土地代金の調達困難となり前記売買を履行しがたくなつたので、昭和二七年四月に至り訴外人と合意の上右売買契約を解除するに至つた。右のように被告と訴外塩川正一間に於いては売買の履行を停止条件として賃貸借の解除を約していたので、被告はその後も引き続き地代を同人に支払つてきたが、売買契約が合意上解除せられたため賃貸借の解除はその効力を発生するに至らず、従つて被告は本件土地についても依然賃借権を有して居るのであるが、訴外塩川正一は昭和二七年六月三日片江町四丁目一五八番地の土地を外一二筆と合併して一五一番地の一宅地二四一一坪九五とし、更に同日これを同番地の一及び四乃至一五の一三筆に分割し、同番地の一三は一一八坪、一四は一二八坪五四として右一四を原告に売渡したものである。然しながら右一三および一四の二筆はもともと一筆の土地であつて被告は建物所有のため同訴外人から借り受け、地上建物について登記を了しているのであるから その後分割せられたとしても本件土地に対する賃借権をもつてその譲受人たる原告に対抗し得る筋合である。仮に対抗し得ないとしても被告は永年苦心研究の結果ワイヤーヘツドの製作に特許を獲得し現にその事業拡張のため本件土地に工場建設の必要に差し迫られている状況で、特に前記コンクリート溝から以西の土地は現存工場の維持上からも絶対欠くべからざるものであるが、原告には格別本件土地を必要としないのであつて本訴請求は単に被告を困窮に陥れるのみであるから原告の請求は権利の濫用として許すべからざるものである。と陳述し、立証として乙第一号証乃至第二八号証を提出し、証人広田蔓、塩川正一(二回)被告本人(一、二、三、四回)各尋問の結果ならびに検証(一、二回)の結果を援用し、甲号各証の成立を認めた。

理由

大阪市生野区片江町四丁目一五一番地の一四宅地一二八坪五四はもと訴外塩川正一の所有であつたが原告は昭和二九年三月二六日これを訴外人から買受けてその移転登記を了したこと、被告は右土地に鉄条網を繞らして現にこれを占拠していることは当事者間争のないところである。被告は本件土地に付賃借権を有しこれを原告に対抗し得る旨抗争するのでこの点について写究するに、本件土地およびその西方に続く同町同番地の一三宅地一一八坪はもと同町一五八番地宅地六八〇坪六八の一部で昭和二七年六月三日他の土地と合筆して同町一五一番の一となり、更に同日分筆せられて右の如き地番坪数に変更せられたこと、被告は従来右両地を所有者塩川正一から地代一ケ月合計七〇円で借り受け右各地上に工場を所有しこれについては建物登記を経由していたこと、昭和二〇年三月頃本件土地上にあつた工場が滅失したので(滅失の原因が火災による焼失か強制疎開による取毀かは別とし)、その敷地を返還し(返還の範囲については争があるが)、その残余を地代一ケ月三五円で引き続き賃借していたが、昭和二三年七月頃に至り再び右返還部分をし借り受けるに至つたこと、同年九月一〇日訴外大和針金工業株式会社は右両土地を訴外人から買受けることとなり売買契約成立したが、その後その履行に至らずして昭和二七年四月売買契約は解除となつたことはいずれも当事者間に争のないところであつて、原告は売買契約当時被告と訴外人間の賃貸借は合意上解除せられたと主張し、証人塩田正一(第二回)はこれに副う証言をするが、同証言によつて成立を認め得る乙第二、三号証、同第九、第一〇号証、被告本人尋問の結果により成立を認め得る同第一一、第一二号証に徴すると、右売買契約当時被告は既に昭和二四年末までの地代を全部前払しており、その後も地代の値上があり昭和二七年三月分迄の地代は被告において右訴外人に支払つている事実が認められるので、右証人の証言はたやすく信用しがたく、また成立に争ない乙第一号証には「登記完了まで地代は当方で戴きません」との記載があるが前記地代支払の事実に徴するとかかる記載も未だ賃貸借解除を認定する資料となし得ず、その他にこれを認定するに足る証拠はない。尤も被告は買受人たる訴外会社の代表者で訴外会社を主宰していたことは被告の自認するところであるが、本件のように売買の履行期を将来に定めている売買契約においては、特段の事情のないかぎり当事者は売買契約と同時に賃貸借を終了せしめる意思ではなく、却つて将来売買契約の履行と同時に賃貸借を終了せしめる意思であるものと推認するのが相当である。従つて本訴において前記売買契約がその後解除せられた以上、被告と訴外人間の賃貸借は依然存続するものといわねばならない。よつて被告の右賃借権を原告に対抗できるか否かについて考えるに、建物を目的とする土地の賃貸借において賃借人が賃借地の一部に登記を経た建物を所有するときはたとえ他に空地があつても賃借地の全部について第三取得者に賃借権を対抗し得るのであつて、右空地の部分がその後分筆せられ他に譲渡せられても右の対抗力に何等の消長をきたすものでないことは当然の筋合であるとともに、若し先ず甲地について建物所有を目的とする賃貸借がなされた後、同一賃貸人所有に属する隣地乙地を賃貸借するに至つた場合でも、当事者の意思が右当地を合併し単一の賃貸借とする意思であるものと認められる場合にはこれを合一して対抗力の有無を考えるべきもので、仮令乙地に付て登記を経た建物がなくとも甲地についてその要件を具備する以上賃借人はこれをもつて乙地の第三取得者に対抗し得るものと解するのを相当とする。本件についてこれを観るに被告は当初本件土地及びその西方の土地を併せて訴外人から賃借し、地上に登記のある工場数棟を所有していたが、昭和二〇年三月頃強制疎開のため本件地上の工場三棟を取り毀ち(この点は被告本人第四回訊問の結果と検証の結果とによつてこれを認定する)その跡が空地となつたので、此の部分を返還して賃借地を約半減し賃料も半額に変更したが終戦後昭和二三年七月に至り右返還した部分をも再び借り受けることとなつたのであつて、その経緯からみて、右返還地の再度借受は単に賃借地を旧態に復帰せしめる趣旨に過ぎないものと認めるべきであるから、当事者はこれを合一し賃貸借の目的とする意思であつたものと認めるのが相当である。尤も前記乙第三号証によると賃料について新地旧地とわけ新地は旧地の倍額として計算せられていることはわかるが、その後為された売買契約証である乙第一号証に旧地一坪三八五円新地一坪四〇〇円と計算の基礎を示していることからみると、右は土地の評価からくる差等に従つて賃料に差異をつけて計算をしたに過ぎないものと認められ、これによつては未だ此の部分について別の賃貸借をしたものと認めるに足らない。してみると前段説明するとおり被告は賃借地の全部について第三者に賃借権を対抗することができるものというべきであるから、その後本件土地を買受けた原告は被告の賃借権を否認することができない筋合であつて、本訴請求は爾余の判断を俟つまでもなく失当として棄却を免れない。

よつて訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 吉村正道)

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